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デザイン

2007年8月28日 (火)

長新太展

Eozlznmh1 初めて長新太の原画を見た。北大路のパン屋に用事方々またまた最終日に滑り込み。話の特集の復刊の時から彼のイラストはなじみがあって線の表現がうまい人だなあとおもっていた。雑誌のページでなじみがあったためどんな紙質で描いているのかは思い浮かべなかった。会場の元原稿を見ていると画材の変化がなんとも時代を背負っているようで、ぺん、ロットリング、マーカー、ガッシュ、クレヨン、カラーインク、、、仕事場の復元のテーブルの横に丁寧に洗い終わった毛足が丸くなった水彩筆の束を見て、優しいイラストレーターだったんだなあ、、と、書斎の風景の写真に写っている本もそれほど特別驚くものではなく数枚置かれたJAZZのCDも一時代古いジャズだった。アーティストかと尋ねられるとやっぱりイラストレーターだ。表したい主題があって、特に後ろの背景にそれほど書き込まなく1ポイントのみの処理が多い。絵本、印刷媒体を意識した描き方で、たいへん優しい描き方の作家。会場は小さな子供連れが多く、みんな絵の前で指をさして声を出していた。寄り道のつもりで覗いた展覧会だったが、なつかしさもあってやさしい時間だった。

2006年4月 2日 (日)

会社のマークデザイン

Cbbxoscl1 2月の始めに名古屋の友人から会社を始めるからマークを作ってくれ、、、!と電話があった。長いつきあいだから忙しいとは言えない、もちろん作るつもりではいたがどっぷりと工芸の仕事をしているとデスクワークのセンスのいいキレが最後に出てくるか少々不安に駆られる。これは会わないといけなんなあ、、と思いつつ漆と象嵌の仕事が終わらない、そのうちいいひらめきがあるのではと思ったが浮かばなかった。しばらくして会社の名前をメールで伝えてきた。えたいの知れない会社のようなマークにしてしまえと考えて何案か思いつきこれにロゴをと思ってると「字画が悪い、、、と」それから待つこと2週間やっと決まった。元々海産物問屋だったとのことでその時の名前に落ち着いたがその一言で以前考えていたマークはぶっ飛んでしまった。ロゴ中心でそれにあったマーク作りに、、、板海苔2枚重ねたような、、とは思わないが板海苔マークが出来上がった。なかなか気に入ったマークに仕上がった。最近の銀行もそうだがロゴは全て旧名のの足し算でマークは今までのようにこれしかないといったインパクトはなくどこかで見たようなといった作りでよく言えば親しみをそこで感じてもらうのかも知れないのだが、、。それもいずれ時期が来れば名前も短くなりまた使い捨てになる。本屋でPenという雑誌が雑誌のデザインの特集をやっている。懐かしいなあと思いつつきっちりいしたエデトリアルでデザインにデザイナーの魂を感じる。デザインは時代を映した消耗品だがアートになるものも、。。。

2006年1月21日 (土)

亀倉雄策 X早川良雄 

R1gdamjd1 「ごぶさたしてます、今東京で開催されてる亀倉雄策展少しばかり気になってまして、懐古趣味なんでしょうかあの時代あの仕事をを目の前にした時代を過ごした人間にすると過去からエルモノの確かさが自己確認につながり今知ったのですが早川良夫がコメントをよせていて何とも時代の暑さを感じ加守田に京都の河北倫明が年下にかかわらず丁寧な文を寄せている事を思い出しました。時代を知ってないと外は風邪吹くのみですね。確かな仕事を目にしてきた時代の風化なんでしょうか、時代の受け皿はいつも変わらないように思うんですが、期待感の変化でしょうか、バナナは貴重なんですの時代ではないことでしょうね。なかなか良い文章です。お知らせまで。」 1/19 ●●●●               「早川良雄の文章、読みました。 今の若い人は、将来もああいう文章を書けないだろうな・・・。 内容も文体も。 私はしっかり古いタイプの人間だと言う自覚がありますが、それが悪いとは全然思わないし、東京オリンピックを無邪気に見ていた自分がいとおしい。  自分の親も含めてあの頃の大人は一途に一生懸命、自暴自棄にも陥らずがんばっていたんだな・・・。  なあんて思っちゃうのは、プロジェクトXの影響か?  確かな仕事、「確かな」と言う形容詞にはものすごくあこがれてしまう。  確かな仕事ができるようになりたい。  確かな感性、確かな眼を持ちたい。」 1/20 ▲▲▲▲
10数年前に友人のガラス作家から早川事務所にいたイラストレーターの安井志摩子さんを紹介され、何という偶然!熱かった頃の大阪が再びよみがえり輪廻転生のよう。今を知る生き方のヒントは過去から学ぶ!いいのかも知れない。

亀倉雄策 X早川良雄 

Lz9l6qln1 用事が出来TOKYOまで出かけなければならなくなり、2,3ん見たい展覧会も楽しみの一つ。これやってるのか〜、、と亀倉雄策の展覧会。もうこの時代ではないと思いつつ不動のデザインが懐かしさと今の時代では味わえないぴりっとしたスピリッツがもう一度見たくなり、いや息のつぎ方かも知れないとも、、。検索で日にちを確認していると展覧会の案内が見つかり、見ていると早川良雄の文章を見つけた。読むにつれ何とも熱く良い文章に打たれジーんとした。「亀倉雄策展」さっそく東京の有る出版社の編集者と友人にメール方々送った。早川良雄は私が就職である人の紹介で最後に尋ねたデザイン事務社だった。新地のビルの中にあり尋ねた時はちょうど大阪の事務所を閉鎖して東京へ移転するところだった。学生だった時に今橋の画廊で彼の「形状」のシリーズに触れ完全に打ちのめされた。まさかその事務所に行くとは、、その時の事が昨日の出来事のような錯覚が残っていて4年ほど前に南港での展覧会は自分としては複雑な気持ちで見た。図録は時代の記念だった。東京の編集者、横須賀の友人からメールが返ってきた。ちょっとおもしろいかもと往復書簡?をUPすることに、、、。

2005年3月12日 (土)

堅いデザイン軟らかデザイン

14pckbpk1 この仕事に就く前グラフィックデザインナーをやっていた。勤めた制作室の構成上マークシンボルの仕事を手がけることが多くなり自然と作品が貯まった。依頼会社が堅い企業が多いためエッジの立った、野太いラインを駆使して制作した作品ばかり採用された。毎年資料集に載るようになりついに2年に1回の年間に載った。やった!と思ったが依頼もなければ作品もたまらない。よく考えるとほとんどの方が企業デザイナーで製品、パンフが出来ると自然とマーク、ロゴが必要になる。フリ−では無理だった。その頃インテリアの世界ではイタリアデザインが世界を旋風して、ポストモダン。はまった!ソットサスに。日本にも押し寄せてきたが日本は立て、横の世界、フリーデザインの良さが生活様式の環境かそれほど広まらなかった。ただ様式を破壊するきっかけにはなった。14年ほど前に浅草スタルクを見たとき、軽さが命やなあ、、と時代は変わりだしたと痛感した。外資、統合、再生、こんな時代にピースのデザインに大金が払われことなど夢の夢。破壊と再生を繰り返すいま時代にあった量と質でいいように思う。堅デザインは今となっては勲章と良く似ている。ただ今の人たちにとってはその時代は知らない、だから新鮮に映る。輪廻転生、 また巡ってくる。